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ラスベガスを大きく変える事になる男の登場。
ベンジャミン・シーゲル Benjamin.Siegel(1905〜1947年)
彼のあだ名は、バグジー(Bugsy=虫けら)。陰ではこう呼んだが、
彼はバグジーと呼ばれることを非常に嫌がっていた。
1937年、ニューヨークマフィアであった彼は、西海岸統括の為にロサンゼルスに移住。
当時、ラスベガスは、駅周辺のダウンタウンに、カジノバーが数件あっただけの、さびれた砂漠の街。
1944年、ハリウッド女優(バージニア・ヒル)の彼女と一緒に、任されたダウンタウンのカジノの様子を見に行った帰り道、砂漠のど真ん中、ダウンタウンから約10km離れた場所(現在のホテル群)に、リゾートホテルの建設を思い付く。
早速、マフィアのボス達から資金を調達し、カジノとホテル、プール、ギフトショップ、ゴルフ場、射撃場から乗馬クラブまで揃った、一大リゾートを建設開始。(実際には、既に、エル・ランチョ・ホテルがありました)
ところが、バグジーがイメージの妥協を許さなかった為、当初100万ドルの予定だった建設資金が結局600万ドルに。当然、組織からは、批判される事に。
そのことは本人もよく知っていたが、「ホテルがオープンして客が押し寄せれば許される」と、彼は、信じていました。
ついに完成したホテルの名前は、彼女のニックネーム「フラミンゴ」。
1946年12月26日、盛大にオープンしたが、ラスベガスには珍しく大雨が降り、ハリウッドスターを乗せてくるはずだったチャーター便も欠航となり、寂しいオープンを迎え、ホテルは、経営不振。わずか2週間で一時休業に。
ホテルを再開できたのは3ヶ月後、しかし、組織は、600万ドルも損害を出した男を許さなかった。さらに赤字経営が続いたため、バグジーが売り上げを着服してるとの噂が流れ、バグジーは、身の危険を感じ、厚い壁と防弾ガラスで防護した自分の特別室を最上階に造らせ、入り口を厳重に見張らせた。いざというときの秘密の逃げ道も各所にあり、地下から出れば、運転手が待機してるほどの造りだった。
1947年6月21日、防護対策など施していないビバリーヒルズの邸宅で、9発の弾丸を浴び暗殺された。(バグジー42歳)
バグジー亡きあとフラミンゴを経営したのは、マフィア仲間のガス・グリーンバウム(Gus greenbaum)。彼が暗殺犯だという説が強い。
その後、皮肉な事に、彼(バグジー)が、命を賭けてまで建設したホテルを一目見ようと大賑わいを見せ、その後、次々とホテルが建設されたのでした。
この「フラミンゴ」が現在もストリップの中心にあるフラミンゴ。その後、フラミンゴは多くの人の手に渡り、1971年にヒルトンの傘下に。93年には開業当初の建物を全て壊して新築。
現在のサブロビーには、当時のホテルの写真が、寂しく飾ってあります。
彼はラスベガスの繁栄と共に「マフィアの資金源」と言う置き土産を残したのでした。